原作漫画版「新巨人の星」解説

 

●原作漫画版「新巨人の星」

 

原作:梶原一騎先生

作画:川崎のぼる先生

週刊読売 1976年10月2日(第41号)~1979年04月15日(第16号)連載

全122回

福島民友新聞 1977年07月17日~1979年07月01日 毎週日曜掲載

全103回(第20回~第122回)

 

名作「巨人の星」の続編。

全7章で構成。新魔球の章で完結となるが、ここでは内容的に第8章と解釈も可能な「巨人のサムライ炎」第1章も併せて解説する。

 

長嶋巨人V1の時期に連載スタート。

週刊少年マガジン連載だった前作の続編は意外にも少年誌ではなく週刊読売に掲載された。

監督就任1年目の最下位からの翌年の逆転優勝とドラマチックな現実が作品上にも十分活かされており、序盤は梶原一騎先生の力の入った原作と、川崎のぼる先生が同時に複数の連載を抱えている状況であるにも関わらず高いレベルを維持した作画で地味ながら非常に丁寧な展開で読み応えがある。

このドン底から這い上がろうと足掻く飛雄馬の姿は、子供の頃より様々な葛藤や挫折を経験した大人になってから読んだ方が共感出来るはず。

そして、この対象年齢の変化が送り手側と受け手側の「求めるものの微妙な違い」を生み、これが現在に至るまで本作が再評価の機会に恵まれない理由の一つになっている。

しかし、他の梶原作品では見られない登場人物達の「未練」と「執念」・・・これを徹底的に描いたのが本作最大の特徴であり、大きな魅力である事は間違いない。

 

 川崎先生は後に本作の話を持ってきた際の梶原先生は「実に熱心だった」と語っている。前作で描き尽くしたと思っていた川崎先生は当初乗り気ではなかったが、その熱意に応える形で「再び燃えてみたい・・・」と引き受けたと。

 

様々な困難を乗り越え、ついに右腕投手としてマウンドに帰ってきた星飛雄馬の新たなる物語は、やがて様々な事情により原作、作画とも失速し、現実の巨人軍の低迷が作品内容にも影響し未完となってしまう。かつてのV9時代とは違う厳しい状況の中でどのように展開していくのか改めて確認したい。

 


第1章「泥濘の章」

巨人軍が球団史上初の最下位となった激動の年。草野球界に謎の有料助っ人登場!

 

星飛雄馬が魔球・大リーグボール3号で完全試合を成し遂げたと同時にその左腕を破壊し、人知れず去ってから5年が経過……

 

昭和50年夏。

巨人軍は長島茂雄・新監督のもと、球団史上初の最下位の屈辱に悲涙をのんだ年。都内近郊の草野球の試合中に有料で代打を請け負う謎の男が出没していた・・・・・星飛雄馬ふたたび。

 

前作のラストで栄光を掴んだと同時に、その左腕が破壊され選手生命を絶たれた星飛雄馬。

巨人軍がV9自体から一転、球団史上初の最下位となった年に突如「草野球の謎の代打屋」として現れた姿は前作とはガラッと印象が変わり、一徹曰く「ヤクザな代打屋」

一打3万円で逆転を請け負う謎の男は、草野球レベルの投手から最低シングル安打を放つ力量を具え、たまたま四球で歩かされれば俊足と苛烈なスライディングで百パーセントの盗塁成功率を誇った。

左門と京子の結婚式を教会の窓の外から祝福し、一人去って行った飛雄馬が、まさかこんな形で再登場するとは! 誰もが驚く初登場シーンである。

その日暮らしで食い繋ぐ姿は衝撃的であるが、サングラスに隠れて表情は見えず、得体の知れない凄味を感じる。

 

続けて登場する一徹、花形、明子、京子も以前とは印象が異なり、外見に大きな違いが無いのは伴と左門。

とにかく川崎のぼる先生の絵柄の大幅な変化に驚く。前作も前半と後半で大分変わったが、更に今回は変化している。

花形の性格はそのままだが、筆者は前作のあの特徴的な髪型が刷り込まれていたため、初読の際は飛雄馬より驚いた(笑)

飛雄馬なき球界に用はないと、一徹、伴、花形は前作終了直後に即引退した事が語られる。野球とはいえ「個対個」の戦いを描く梶原作品。現実主義の左門だけが現役なのが彼らしい。

 

泥濘(ぬかるみ)の章のタイトル通り、この章は飛雄馬、巨人ともにドン底の状態で殺伐とした雰囲気。新巨人の星と言えばこの序盤の雰囲気を思い出す方も多いのでは?

前作では王者であった巨人軍は球団史上初の最下位という状況。

飛雄馬が夜の街を彷徨い、居酒屋で一人焼酎をガブ飲みし、巨人の惨状に涙するシーンが印象的で、野球以外で生きる事が出来ず世間から浮いている姿を川崎先生の緻密な画で描写。

連載当初から川崎先生は週刊連載を複数抱えており、本作に十分な時間を割けるとは到底言い難い状況であったのにも関わらず、この序盤の作画は驚異的である。

 

前作でも消える魔球敗北後に飛雄馬は絶望し少年漫画らしからぬ殺伐とした展開となったが、この時と違うのは、飛雄馬が自分の惨めな状況を受け入れており、それでも「まだやれる。まだ戦う」という意思があること。

続編ではかつて巨人の星を純粋に目指していた頃と異なり、「代打専門でも役に立てる!」という台詞通り、どんな形でも長島巨人の役に立ちたいという思いが前面に出ているのが特徴。この野球にしがみ付く姿は美しく燃え尽きた他の梶原一騎先生原作の作品には見られない。それでも飛雄馬は足掻くことを止めない。これこそ本作への違和感の原因の一つだろう。だが同時に他の作品にない大きな魅力でもあるのだ。

 

前作はその展開の末に禁断の魔球・大リーグボール3号が誕生しラストまで大いに盛り上がるが、この序盤も決して見劣りしない。

飛雄馬の身体に秘められた「大どんでん返し」の秘密が明かされることを恐れる一徹。巨人復帰を目指す飛雄馬とそれを阻止しようと慌てる周りの描写が面白い。

そんな中でも親友・伴だけはその気持ちを理解し、協力者として飛雄馬を支援。巨人復帰計画「野球人間ドック」を立ち上げ、元大リーガーの大物打撃コーチであるビッグ・ビル・サンダーを呼び寄せる。この序盤から第3章にかけて、復活までの舞台が徐々に整っていく過程は非常に丁寧に描かれている。

 

一徹は作品中でも花形に指摘されるように、子を想う気持ち以外にも「自らが育てた作品・星飛雄馬の左腕投手時代の栄光」を汚されたくないエゴがあり、あらゆる手段で阻止しようとするが、この辺の描写は掲載誌が大人を対象とした雑誌ゆえだろうか。最初から子供を対象とした展開ではないのは確かである。

哀しくも美しい前作のラスト後の、このダークな展開をどう受け止めるかで本作の評価は分かれる。

「終わり・・・たかった」という飛雄馬の台詞。到底格好良いとは言い難い台詞である。全てが終わり、去って行ったはずの飛雄馬は、どんなに未練がましく見えようとも甦ろうとしていた。

連載第3回ラスト「星一徹ふたたび!」「星飛雄馬ふたたび!!が熱い。

名作「巨人の星」の続編を作る事自体に異論はあると思うが、物語のスタートとしては最高のタイミングだったと筆者は考える。

 

そして父の暗躍を知り、怒りまかせに「右腕」で投げたボール。ここから一気に話は進む。

 


第2章「鳴動の章」

「あの男は・・・・長島茂雄は見てしもうた。見ねばよかったものを・・・」

 

伴の協力を得てビッグ・ビル・サンダーと巨人復帰に向けて極秘の特訓は続く。だが来季に懸ける長島の反応は・・・・

しかし直後、かつての逆である「右腕」で投げる飛雄馬を見た長島は驚愕!

 

一徹の恐れた『大どんでん返し』の正体・・・それは『飛雄馬は生来は右利きであり、幼き頃より一徹の手で投打とも有利な左利きに転向していた・・・。そして大リーグボール養成ギプスによって右腕も同時に鍛えられている事実。飛雄馬は「右腕投手」としてカムバック出来る可能性がある!』

勿論これは本作で初めて語られた設定である。時期的に言えば前作の少年時代(より少し前か?)になる。飛雄馬は左腕投手として英才教育を受け、栄光の「巨人の星」を掴み、同時にその左腕を破壊し球界を去ったが、本人も気付かぬ可能性を秘めていた。「右腕」が生きていたのである。その事実を知った時、登場人物が一斉に動き出す。

 

「採れんな 巨人では・・・・」筆者の好きなシーンで、秘かに代打要員としての特訓を続ける飛雄馬を見て長島監督は熱い涙を流した後、一転して冷徹な表情で巨人では受け入れられないと語る。

伴は「なにも往年の「巨人の星」として復活しようなんて色気はなく、微力なりに長島巨人に尽くそうとしている」事を伝えるが、長島の往年のエースを代打専門屋として晒し者にしたくない意思と、来季にパ・リーグから大物の強打者・張本を獲る構想を知り、もはやこれを見せるしかないと極秘段階であった右投げの特訓を見せる。

 

「星が・・・・・・右で!?」

 

コントロールは滅茶苦茶なものの、その凄まじい剛速球に驚愕する長島。

そして、もはや只ではすまぬことを悟った一徹の「あの男は・・・長島茂雄は見てしもうた。見ねばよかったものを・・・・」の台詞に繋がる。この一連の流れと緊張感は素晴らしい。

また、人物描写がやたらリアルなのもこの作品の特徴で、前年最下位に甘んじた敗戦の将である長島を小馬鹿にする記者の台詞等、何気ないシーンからも当時の空気が伝わる。

 

そして舞台は昭和51年となり、大きく状況は変化する。一徹、花形はもはや飛雄馬を止めることは出来ないと悟る。「飛雄馬の右投げを見たら最後、今はヘボでも潜むXを長島は買う」と。

それでも飛雄馬の復帰に反対する明子に「男の世界のことだ!」と花形。窓を見て「雪になったのう・・・」と一徹。各キャラクターの心理描写の細かさにも注目したい。

成功するか否かではなく、もはや理屈で語るものでもない。一徹と花形の台詞からそれを感じる。これは梶原作品に共通する美学で、「結果」ではなく「過程」を重視したもの。ひたむきに努力する姿こそ美しいという原作者の考えが反映されている。この物語の結末を考えるに、その考えが特に反映された作品の一つが本作ではないだろうか?

一徹が目を閉じて「もう父親の人形にできる年齢でもなし・・・。やつには求めて修羅場にのめりこむ血の騒ぎもある」と話すシーンは、自らの意思で再び野球地獄に飛び込もうとする息子への複雑な思いが伝わってくる。

 

飛雄馬はテスト生として巨人軍キャンプに参加する事を許され、屈辱に耐えながらも秘かにビル・サンダーから「スクリュー・スピン・スライディング」の特訓を受ける。

このスクリュー・スピン・スライディングは物語上はあくまで前座としての技であるが、後の新大リーグボール「蜃気楼の魔球」よりインパクトでは勝っており、前半を盛り上げてくれた。 深夜の秘密特訓シーンはベタだが燃えるものは燃える!!(それにしてもあの体格でスクリュー・スピン・スライディングを再現出来るビル・サンダーは凄すぎる)

 

キャンプ参加中の飛雄馬は好奇の目に晒され、子供にまで馬鹿にされる始末。この辺りの描写は徹底しており、ひたすら惨めで格好悪い。

しかし紅白戦でピンチヒッターとしてバッターボックスに立った際、眼前に迫ったボールを避けもせず見つめて「いま俺は法悦境だ!ずっと生ける屍だった星飛雄馬がいま甦った!」と狂気を感じる笑みを浮かべ独白するシーンは強烈。この台詞一つからも原作者の熱意が読み手に伝わってくる。飛雄馬の巨人復帰への凄まじい執念が伝わってくるのだ。

 

この「執念」「業」・・・これこそ本作を象徴する言葉で、本作の魅力であり、賛否両論の原因ともなっている。そこには華々しさは微塵もなく、ヒーローとしての飛雄馬はいない。とうにピークを過ぎた男がそれでも戦うことを止めない姿を読者はどう思うか?本作が少年誌ではなく大人を対象とする週刊読売に掲載されたことを考えると、どの年齢層に向けて発表されたのか分かる展開である。

屈辱に耐え、周りを全て敵にまわしてもスクリュー・スピン・スライディングで活躍する飛雄馬。

 

そしてキャンプ終了後、飛雄馬には背番号「3」が贈られる。かつての長島茂雄の栄光の背番号を引き継ぎ、彼は再び球界に帰ってきたのである。

 


第3章「噴煙の章

奇跡のカムバック!「右腕投手・星飛雄馬」再びマウンドに立つ。

 

代打要員として巨人に復帰した飛雄馬は殺人スライディングで他球団の脅威となる。そして密かに右投手としての特訓が続く中、恩師ビル・サンダーは突如阪神のコーチに就任。果たして?

 

結果論であるが、「新巨人の星」最大の山はこの章となった。

スクリュー・スピン・スライディングは阪神のコーチに就任したビル・サンダーによって「スクリュー・スピン破り」を伝授された掛布に敗れる。花形は引退しており、左門には不可能な技である(笑) 架空のキャラを創作する訳ではなく実在の選手をライバルに起用したのは珍しい。ただし、掛布は「ビル・サンダーの刺客」という役割以上の存在ではなく、物語に深く関わってくるキャラクターではない。内面描写もほとんどなく、事実このエピソード終了後に彼の出番はなくなる。物語の構図としては「飛雄馬対掛布」ではなく、「飛雄馬対サンダー&伴」と解釈する方が正解。

ちなみに掛布との激突の瞬間をエキサイトしながら見ている一徹が面白い(笑)勿論作中では真剣そのもののシーンであるが、見方によっては中々のお茶目ぶりである。一徹が自宅でテレビを食い入るように見ている姿は今後も度々描かれる。

まさかのビル・サンダーの裏切りは、飛雄馬が代打として優秀な成績を残したゆえに、逆に右投手復活への道が遠のくことを恐れての行動だった。当初打者では通じないと断言されていただけに、思いのほか活躍したのが逆に仇となってしまうのだった・・・。おそらく本作の連載開始にあたり右投手復活までの流れは当初から構想にあったと思われ、実に練られた展開で一気に読ませる。

こうして前半を盛り上げてくれたスクリュー・スピン・スライディングは掛布との対決以降封印されてしまうが、その活躍ゆえに少々残念な気もする。

 

そして舞台は夢のオールスター戦へ。ここでついに長島指令が発動。今まで秘密にしてきた右投手復活のベールを脱ぐわけだが、この舞台設定、セ・パ両選手と大観衆の前で突如右投げを披露する展開は非常に熱く、「新巨人の星」という作品全体を通して最も盛り上がったエピソードと断言出来よう。右グローブを外し、ライトからキャッチャーミット目掛けて凄まじい剛速球を投げつけるシーンは迫力ある画で必見!!このシーンはアニメ版でも当然力の入った演出で再現され、コミカライズ版(作画・井上コオ先生)も原作漫画版と同じく見開きで描かれている。

ここまで数々の苦難に耐えてきた飛雄馬が、ついにその恐るべき潜在能力を見せつける時が来たのだ。盛り上がらないわけがない。

強烈な大遠投を目の当たりにし「右投手・星飛雄馬」の復活の可能性を知った左門は試合中に静かに涙する。テレビで見ながら、自らの手にあるのは社用ゴルフのクラブか・・・と呟く花形。不安な表情の明子。飛雄馬の復活がいよいよ近付いてきた時に、次なる伏線が早くもここで。

 

そして巨人軍首脳陣の判断で、公式戦での初登板が決定。ついに飛雄馬が右腕投手として再びマウンドに立つ時が来た!!

かつてとは真逆。恐怖の荒れ球投手として滅茶苦茶なコントロールと凄まじい剛速球で相手選手が震え上がる展開は痛快。

ボールは激しくバウンドし、打者の顔面スレスレに飛んでくる。ミットではなくバックネットに突き刺さる!

それを飛雄馬自身は制御出来ないのだから打者にとっては恐怖でしかない。実に面白い描写だった。

 

筆者は右投手星飛雄馬が「左投手時代より能力的に劣る」所に魅力を感じる。

幼き頃より父一徹に鍛えられた左と比して、潜在能力はあっても技術的な下地はなく、あらゆる面で劣っている右で試行錯誤しながら戦うのが非常に面白い。(なので、個人的には後の投手として成長した姿より、カムバック直後の粗の目立つ状態の方が好みではある)

多くの少年読者は復活した飛雄馬がかつてのように魔球を駆使してライバルたちと戦う物語を期待したかもしれない。だが実際は定まらないコントロール、未熟なフォームと試練は続く。本格的な速球投手としての復帰が容易ではないことが丁寧に描かれる。大人を対象としたリアルな描写の多い本作の特徴であり、前作と同じ感覚で読むと地味な展開ゆえに物足りなさを感じてしまう要因でもあり、逆にある程度歳を重ねてから読むと非常に味わい深くなる理由でもある。

 

 この章のラストで長島巨人は悲願のV1を達成する。最下位翌年のリーグ優勝。こんなドラマのような素晴らしい現実があったからこそ「巨人の星」の続編が生まれたのだろう。(※実際は長嶋巨人の優勝確定前から企画が存在しており、優勝したことでよりドラマチックな展開となったと原作者は語っている。もし、優勝を逃した状態で本作がスタートしていたらどんな展開になったのか?それはそれで興味深い。)

飛雄馬の「巨人軍に復帰し、最下位の長島巨人を救う」という目的はほぼ達成されてしまった。ここを最終回としても良い程の結果である。しかし物語はまだまだ続く。

 

 接待ゴルフ中の花形は日本シリーズ第1戦のラジオ放送が流れる中で「・・・・・・・つまらん!」と呟く。新たな展開を予感させて次章へ

 


第4章「青嵐の章」

帰ってきた宿命のライバル!花形満。

 

コントロールに課題を残した飛雄馬は、久々に再会した一徹から「大リーグボール養成ギプス・右投手用」を受け取る。

年は明け昭和52年。新たなるライバル登場。そして花形は。

 

日本シリーズは接戦となり、飛雄馬は阪急打線のノーワインドアップ投法(コントロール調整用投法)時を狙ったピッチャー返しに苦戦するも、スクリュー・スピン・スライディングの応用技でこれを攻略。大いに活躍するが長島巨人は惜しくも阪急に敗れる。

本章から新たな展開となり、恩師ビル・サンダーが帰国し、代わって教え子である「本物の虎」ロメオ・南条が登場。このロメオを後の展開ゆえに「嫌な奴」と認識している方も結構いるのではないかと思う。しかし非常にドライな考え方のロメオは「巨人の星」世界では珍しいタイプで、同じ外国人キャラのオズマとはまた違う魅力を感じる。その彼の持ち味が最も活かされたのは第7章「新魔球の章」における言動だが、まずは新たなるライバルたちとの戦いに注目したい。

 

ビル・サンダーは飛雄馬復活の立役者であり、非常に良いキャラだったので、その後登場することがなかったのが残念。飛雄馬と伴との別れのシーンはなく、飛雄馬は新聞記事で帰国を知るのだった。後半も何らかの形で再登場し、弟子であるロメオとの会話シーン等が見たかったと思う。

 

コントロールに大いに難のある飛雄馬の力になるべく、一徹は「大リーグボール養成ギプス・右投手用」を製作し飛雄馬に送る。この時の街中で飛雄馬と出会い、汁粉屋で会話するシーンでは互いに愛情が上手く表現出来ない不器用さが伝わってくる。特に一徹の少々滑稽に見えてしまう表情、言動が読んでいて切なくなる名シーン。

 

新ギプスは下半身に装着するタイプで見た目の印象も強烈。気が緩むとひっくり返る、いろんな意味で恐怖のギプス。女学生の前で派手に転倒し笑われてしまうが、「そ、そうカッコワルイんだ。カッコよくなるまでサインはまってよ」と話す飛雄馬の表情を見るに、やはり本作は川崎のぼる先生の繊細なタッチ以外はありえないかと思う。(本作は川崎先生のスケジュールの問題で別の方が作画を担当する可能性もあった。「夕やけを見ていた男 梶原一騎伝」より)

飛雄馬は本来は物静かで心優しい男なのだ。ぜひご確認頂きたい。

 

前章から気持ちが揺れていた花形は飛雄馬と再び戦う衝動を抑えられず、ついに球界復帰を決意。ちなみに花形が秘かにバッティングセンターを貸切り、一人特訓するシーンがあるが、看板が「梶原バッティングセンター」である(笑)

当初は飛雄馬の球界復帰に反対していた花形が、飛雄馬の活躍を目の当たりにし、徐々にその気持ちが変化していく姿が丁寧に描かれている。球界に復帰した自分の姿を頭に浮かべる場面があるが、ここではまだ阪神のユニフォームなのが面白い。誰もがこの時点では阪神への復帰を予想したのではないか?

 

しかし、花形は阪神にロメオ・南条が入団した事で敢えてヤクルトを希望し、飛雄馬と同じ立場でなければ勝てるものか!と条件面の交渉を断り、単なる一テスト生として入団テストを受ける。そして天才・花形満は華麗なる復帰を果たす!

この章の目玉は間違いなく花形の球界復帰である。

(左門やロメオ、前作のオズマには悪いが)最大のライバルと言えば、やはり花形以外考えられない。

 

原作者は何故花形を阪神ではなくヤクルトに入団させたのだろうか?

その答えは恐らく本作の前に梶原先生が原作を担当した「侍ジャイアンツ」における花形的ポジションの天才打者・眉月光と同じく、現実におけるヤクルトの好成績と洗練されたイメージであると推測。そして史実を踏まえると、この時点での花形のヤクルト入団は後の展開に非常に大きな意味を持つことになるのだ。

また、ロメオが入団したことで自分の阪神入りはないと判断するシーンは、飛雄馬の打者としての巨人復帰は強打者・張本の入団により有り得ないと断言した長島監督と同じ意味であり、僅か一言の台詞ではあるが無条件に復帰するのではないところがリアル。その上で花形は見事な復活を魅せてくれる。

 

ギプスを装着した鍛錬によりコントロールが改善され、ライバルが揃い、前作と同じ舞台は整った。いよいよこれからが本番かという流れになるが、序盤の殺伐とした雰囲気から大分変化した印象である。(巨人に復帰したのだから当然と言えば当然だが)

また、復帰後の飛雄馬は以前より大人の男として描かれている。前作より精神的な成長が見られ、繊細な面はあるものの多少の事では動じない。草野球の代打屋時代の荒れた雰囲気は消え、ストイックに巨人の星を目指すが、あの序盤の雰囲気も捨てがたい(筆者は巨人復帰への執念を燃やす序盤の飛雄馬が一番気に入っている。)

 

そして、またも宿命の対決めぐりきたる。

 


第5章「噴火の章」

左門が気付いた致命的な欠点。そして鷹ノ羽圭子との出会い。

 

コントロールを克服し右腕投手として本格的に活躍する中、左門と王は飛雄馬の「命とりの穴」に気付く。それは何か?

そして、かつての恋人・日高美奈を思わせる女性との出会いが。

 

大リーグボール養成ギプス・右投手用での下半身鍛錬によりコントロール改善に成功した飛雄馬だが、更なる試練が立ち塞がる。

幼き頃より徹底的に鍛えられた左腕投手時代と違い、にわか右の未熟なフォーム故に球種を読まれてしまい、左門に容赦なく打ち崩されてしまう展開となる。

この致命的な欠点に最初に気づくのが、古くから飛雄馬を知り、且つ理論派タイプの左門と王であるのは、前作を活かした展開で良かったのではないか。

常に花形に先を越されていた左門だったが、ここでついに彼にも見せ場がやって来た。データ魔・左門でなければ気づかないフォームの穴である。(花形は勘で打つタイプと彼自身も語っており、フォームの穴には気づいていなかった)

好投を続ける飛雄馬を只一人滅多打ちにするシーンは非常に格好良い。「巨人の星」シリーズ全編を通して最も左門の活躍が目立ったエピソードではなかろうか。

 

王は打撃フォーム調整のために飛雄馬の投球と向き合った際、その未熟なフォームに気づく。飛雄馬は左門一人に打ち崩された後、即二軍落ちとなってしまい、4勝1敗の好成績でなぜだ・・・と悩むが、これは王の考えがあってのことだった。この弱点が全球団に知られた時は手遅れになる・・・と。

ここで王と飛雄馬の会話の中で、回想として前作初期に描かれた少年飛雄馬と大学時代の王の対決場面が出てくるのは嬉しい。絵柄が大幅に変化していて可愛さがなくなっているのが残念だが(笑)

また、2人の他に「試合中継を見ていて青雲高校でバッテリーを組んでいた頃を思い出した」と電話してくる伴の描写も伏線として上手く盛り込んでいた。左門、王に続き、この欠点に気付いたのはやはり一徹と伴であった。

 

その後苦労の末にフォームの改良に成功するものの、もう少しカタルシスが欲しかった気もしないでもない。左門を見事打ち取った後もライバルたちとの対決回が暫く続いても良かったのではないか?もっと花形、ロメオとの対決も見たかったと思う。それが出来る舞台は整っていたのだから。

 

前作とは物語の構造が異なり、魔球の開発とその打倒を目指すライバルとの対決の連続ではなく、本格派の速球投手としての再起と試練の物語となるので、リアルではあるがそこに前作の「消える魔球の謎」に迫るような漫画的な面白さはなく、かつてのように盛り上げるのはなかなか難しかったのかもしれない。しかし、それが本作特有のどこか黄昏た雰囲気を創り出しているとも言えるので一概に欠点とも言い難い。

 

再起後のシーズンでは最も安定していたのがこの昭和52年。現実から約1年遅れで連載していたので、既に「長島巨人V2達成」という結果が分かっているためか様々なエピソードが盛り込まれている。復帰を果たし投手としてほぼ完成した飛雄馬に今度は恋愛話が。ついに本作のヒロインが登場。今は亡き日高美奈を思わせる心優しい女性、鷹ノ羽圭子に心惹かれる飛雄馬・・・

 

圭子の登場は唐突なものではなく、連載当初から決定していたと思われる。当時の掲載誌を確認すると「飛雄馬の恋人の名前募集」告知が初期の時点で既に掲載されている。また次章開始前に特集記事が組まれる等、彼女の登場は作品人気を盛り上げるイベント的に考えられていたものだった。(そして、おそらく作者側は想定していなかったであろう「飛雄馬が愛するのは日高美奈ただ一人ではなかったのか?」という意見が多数寄せられ賛否両論となるのだが)

本章から圭子を巡り、青年・飛雄馬の葛藤がリアルに描かれる。

 

圭子と出会ってからの飛雄馬の表情も豊かで、かつてより大人になったものの恋愛が絡むと途端に脆くなる。人気女優である圭子が花形邸の誕生パーティーに来ると知った時の心躍る表情は印象に残る。これまた人物描写がやたらリアルである。

そして「愛が人間を強くするというのは必ずしも・・・・真実ではない!」という台詞通り、恋に悩み徐々に野球に専念出来なくなってしまう飛雄馬。

 

また、この章で「不幸を呼ぶ男」牧場春彦がついに登場。漫画家として社会的に成功した姿を見せてくれる。彼が登場すると飛雄馬にロクな事が起きないジンクスがあるが、今回も例に漏れず様々な受難が飛雄馬を襲う。

彼が球場で応援した日に投球フォームを見破られ滅多打ちとなり、彼との再会がきっかけで飛雄馬は圭子に出会い、次章で更に迷走する事となる。牧場恐るべし!!(ちなみに牧場春彦はアニメ版「新巨人の星」では未登場である。)

 


第6章「不死鳥の章」

恋か友情か。飛雄馬の選択は?ついに登場する大リーグボール。

 

圭子を巡り伴との友情にもヒビが入り、調子も崩してしまう飛雄馬。そして圭子は飛雄馬に惹かれていた・・・

日本シリーズで再び敗れた巨人。そして打ち込まれた速球。

 

前章からの鷹ノ羽圭子を巡る展開は本章で決着となる。

このエピソードは飛雄馬が圭子に恋し、あろうことか同時に親友である伴も彼女に恋した事が原因で公私共に大きく調子を崩してしまう展開となるが、飛雄馬以外の人物描写も細かく、且つ非常にドロドロしておりアニメ版でカットされてしまうのも頷ける内容である。メイン視聴者層である子供たちがこの複雑な人間模様を理解するのは難しいかもしれない。

ただし、カットされたから内容的に駄目という意味では無く、むしろ原作には力が入っていたと言える。青年となった飛雄馬の新たな恋はどんな結末を迎えるのか?

 

圭子のことが頭から離れず、飛雄馬が取り乱すシーンは読んでいて苦しくなってくるが、勘違いして舞い上がる伴は飛雄馬以上に滑稽且つ悲しい。彼の普段の好人物ぶりを読者は知っているだけに尚更である。

そんな中でストレートな「悪役」としての役割を担うのがロメオ・南条。しかし彼は最初から飛雄馬を敵視していたのではない。むしろ最初は「サンダーから手紙でヒューマ・ホシに負けっぱなしでは駄目だと怒られた」と待機室で話しかける等、野球から離れた場ではフレンドリーに接していた。続けて圭子のことを口にした際に、それを飛雄馬が嫉妬から突っぱねたことで二人の関係は悪化していく。飛雄馬との乱闘場面でロメオの言う内容は正論で、実は殴りつけた飛雄馬の方が感情的になっている。とはいえロメオの態度に普段から問題があることは間違いない(笑)

 

 迷走する飛雄馬を気遣いつつも勝負には私情を挟まず打ち込むライバルたち。恋愛面の問題であらゆる調子を崩してしまうのがまたリアル。

前章で圭子が登場してから本章までの所謂「圭子編」は試合の描写が少なく、物語の背景として描かれるのみで、グラウンド外での飛雄馬や伴の描写がメインとなっているのが特徴。よって長島監督の出番も少ない。牧場が登場していることもあり、バーで登場人物たちが飲むシーン等が多いのも印象に残る。

圭子が想いを寄せる人物とは伴であったと勘違いした飛雄馬は、親友の幸せを心から祝福できず苦しむ・・・。圭子自身は前作の美奈同様に最初からキャラが確立しており、彼女自身を深く掘り下げた描写はない。違うと言えば美奈のような悲劇性はないところか

むしろ圭子本人より(飛雄馬を筆頭に)周囲がおかしくなってしまう様子が丁寧に描写されている。本作は川崎先生の多忙さから徐々にコピー画の使用が目立つようになってしまうのだが、この圭子のエピソードは(試合の場面を除き)ほぼない。やはり人物描写がメインとなっているからと思われ、力の入った作画で様々な表情の飛雄馬が見られる。特に一徹にその苦しさを打ち明けるシーンは、自らの言い分(美奈が亡くなった事で彼女は自分にとって永遠の存在となった。つまり、二人の間を踏み込まれることがない関係となった)がエゴであることを自覚している台詞も含め印象に残る。

 

かつての美奈のエピソードと違い、純粋に人間関係で苦しむ展開は読み応えはあるが好みが分かれるとは思う。連載当初からその登場を予告されていた本作のヒロイン。その彼女を巡る話がこのような内容になるとは誰が予想できただろうか?しかし親友が同時に彼女のことを好きになってしまった時点で、この恋が叶うことはなかった・・・

 

圭子の想いを知り喜ぶ飛雄馬。しかし伴はどうなる・・・圭子の想い人が自分ではないと知った伴は荒れ、一人酔い潰れていた。そこに現われた飛雄馬は伴に今も青雲高校時代と変わらず自分の為に死ねるか?と友情を問う。

そして苦悩の果てに飛雄馬の出した結論は、失意の親友の為に恋を棄てることだった。想いを伝える圭子に対し、何も答えず静かに去っていく飛雄馬・・・・悲しくも美しい名シーンである。

(ちなみに連載時のこの回の扉絵は去っていく飛雄馬の後姿で素晴らしい出来。残念ながら単行本未収録で「何故これをカットした?」と言いたくなる扉絵である。ぜひ完全版が出て欲しい!)

こうして飛雄馬の恋は終わり、物語は新たな方向に動き出す。

 

甦った飛雄馬は気迫でライバルたちを打ち取り長島巨人はV2を達成する。続けて日本シリーズ初戦で活躍するも、最終戦で飛雄馬の剛速球は目が馴れた阪急打線に打ち込まれ、またも巨人は日本一を逃す。

美奈への永遠の愛を誓い挑んだ日本シリーズだが、現実の巨人は阪急にほぼ一方的に敗れてしまった史実がここでも作品に影響。V9時代と違いストーリー展開に苦労したのではと感じる。

 

「来季のセ・リーグでも同じ結果になる」と予言する一徹。

奇跡のカムバックから2年が経過。これまで数々の試練を乗り越えてきたが、右腕投手として限界が近付いていることを知った飛雄馬はあの「大リーグボール」の開発を決意する。ついに禁断の魔球が本作にも登場。

 


第7章「新魔球の章」

その正体を知られたら最後、儚く消える運命の魔球。そして巨人は?

 

「俺が10勝前後では、来季の巨人はセ・リーグでも勝てん」

長島巨人を日本一にするため、かつて左腕を破壊した魔球の開発を決意する飛雄馬。

大リーグボール右1号「蜃気楼の魔球」登場!

 

物語はいよいよ最終章へ。とはいえ、その内容は「結果的に最終章になっってしまった」と解釈するのが適切かもしれない。

ついに登場した新大リーグボール!筆者も初読時はその登場を待ちわびていた。連載当時に発売されていた読売新聞社刊の合本(雑誌サイズの総集編。単行本より先に発売されていた)では、初期から大リーグボール4号の登場に期待する読者の声が掲載されている。

 

しかし、この新大リーグボールが登場した時、現実の巨人はヤクルトに優勝を奪われ、V3を逃しているのだ。それを踏まえると新たなる魔球の開発を決意した際の「来季の巨人はセ・リーグでも勝てん」という飛雄馬の台詞には深い意味を感じる。つまり、読者は魔球と巨人の敗北を分かっている状態で読んでいるのだ。

 

この「新魔球の章」は本来一章で収まる内容ではない。連載終了に関しては様々な説があるが、よく言われる不人気による打ち切りではない。

また、この章の連載時期はアニメ版「新巨人の星」が1年の放送を終え一旦終了し、半年後の「新巨人の星Ⅱ」が放送される間になる。

「夕やけを見ていた男 梶原一騎伝」(斉藤貴男氏著)には様々な事情による梶原先生のモチベーション低下、週刊連載を複数抱えた川崎先生の止むを得ない事情と複雑な思い等があり、ついに川崎先生から中止を申し出たいきさつが記されている。

それによって、残りの限られた話数で何とか話を纏めるべく展開が急ぎ足になったのは残念に思う。

またも己自身を破滅させる魔性の球とならぬことを願いつつ、一徹は飛雄馬に協力。伴と3人で特訓を続け、ついに大リーグボール右1号「蜃気楼の魔球」を生み出す。それはかつての大リーグボール2号「消える魔球」の逆の変化で「ボールが3つに分身する」恐るべき魔球であった!

魔球の設計図を見た際に一徹が「最後にもう一度だけ」協力しようと決意する場面は熱い。既に戦う力はない一徹が、かつて親子で巨人の星を目指した頃のように飛雄馬の特訓に協力する姿が描かれる。

 

この新魔球。見た目の変化は歴代の大リーグボールの中で最も大きく、攻略されやすい致命的な穴も大きい。一徹曰く「その原理の秘密を嗅ぎ付けられたら最後、その名のごとく儚く消え去る運命」という台詞も後の展開(後述する「巨人のサムライ炎」第1章  春雷編)を考えると、何か意図したものがあったのでは?とも感じる。

奇跡のカムバックから2年。ついに限界が見えてきた右腕投手・星飛雄馬の最後の切り札といったところか。

 

ベールを脱いだ蜃気楼の魔球はセ・リーグ打者を次々に打ち取り、飛雄馬は快進撃!花形、左門も打てない中、ロメオだけは魔球を「こんな手品の相手にはならん」と興味を示さず、一撃必殺のピッチャー返しを狙う。これは前作にはないパターンで、今まで見せ場の少なかったロメオのドライな性格が前面に出て面白い。展開の粗い本章では最も良いエピソードだったのではないか。

 

そのロメオの挑戦を退けた後、一徹宅に訪れた伴の報告という形で語られる花形の特訓。花形は魔球打倒の特訓をいつの間にか完了していた。彼がどうして弱点である「3つに分身したボールの中で本物だけは影がある」に気付いたのかは不明。その特訓も僅か数コマで触れているのみで、既に最終回間近という事情を考えるに仕方ないにせよ、ここはじっくり描いて欲しかったと思う。そして、蜃気楼の魔球はついに花形に打倒されてしまうのだった。

もし、花形が魔球攻略の糸口を掴み、打倒するまでの展開が丁寧に描かれていれば、第3章「噴煙の章」でのオールスター戦の大遠投に匹敵する第2の山場となれたかもしれないと思うと惜しい。

それでも他球団には通じると飛雄馬に続投を命じる長島監督。しかし切り札であった星が登板出来ないヤクルトは漁夫の利で順位が浮上。巨人のV3に危機が。まさに史実の通りに話は進む。

 蜃気楼の魔球が破れてからの飛雄馬は表情も曇り、勝てど空しさを感じる日々。そして迎えた大洋戦。相手は左門。

 

「いつも坂道を登っていく。死ぬときはたとえドブの中でも前のめりに死んでいたい」

 

前作から引用される言葉がここでも登場し、敢えて魔球で勝負する飛雄馬。左門はついに蜃気楼の弱点に気付き強打するが、王のファインプレーにより結果はアウト!覚悟の上のドブの中から王に救われる形となった。

 

試合には勝ったが、空虚な気持ちのまま港に立つ飛雄馬。そこに伴と一徹が現れ、しばしの戦士の休息といくかと声をかける。

 

「不死鳥の第2の魔球・・・・・か」

 

海を眺めながら新たなる魔球に思いを馳せる飛雄馬と不死鳥のイメージが描かれ、再起とこれからの活躍を予感させながら物語は静かに幕を下ろす・・・・。

 

本当に大急ぎで話を纏めた感があり、おそらく読んだ方の大半はここで終了することに驚くのではないだろうか。まだ昭和53年ペナントレースは決着しておらず、ヤクルトが優位となった状況であり、飛雄馬と巨人はどうなった?という疑問が残るのは当然の反応かと思う。

 

連載終了による消化不良な点として、まず新魔球の原理は一切明かされていない。前作の「消える魔球」のエピソードは「何故消える?」という謎解きの要素が大いに読者を惹きつけたと考える。しかし「何故3つに分身する?」といった描写は一切なく、断片的に語られる魔球の特徴と攻略する際の理由付けのみであった。

またライバルたちが打倒に燃える展開も花形の描写のようにいつの間にか弱点に気付き、特訓を完了させているので淡泊。盛り上がりに欠ける。

せめて花形が蜃気楼の魔球に打ち取られながらも影の存在に気付くシーンは欲しかったと思う。

大胆な変化の魔球が実にあっけない理屈で敗れる展開は面白いので、もしこの章がじっくり描かれていたら印象は全く違っていたかもしれない。

最終章として盛り上がる要素は十分揃っていた。しかし、それを描くにはあまりにもページが足りなかった。本来は二章分位の内容ではないだろうか

 

ここで原作漫画版「新巨人の星」は終了となる。その後の不死鳥・飛雄馬の活躍を想像するのは読者の自由である。

本章ラストの飛雄馬の台詞。そして羽ばたく不死鳥・・・これは今後の活躍を暗示させるものであり、まだまだ彼の戦いは続くといった要素であるのは確かで、まさに「未完」という表現が適している。

 

また、アニメ版「新巨人の星Ⅱ」はこの新魔球の章を大幅にアレンジし、物語を明確に完結させた内容となっている。(アニメ版解説参照)

当サイトでは本作の終了後、同じく週刊読売誌上に連載された「巨人のサムライ炎」第1章を「新巨人の星」第8章と仮定し引き続き解説する。

 


巨人のサムライ炎 第1章「春雷編」

※「巨人のサムライ炎」は「新巨人の星」の姉妹編として当時発表された作品である。よって当サイトでは「新巨人の星」の完結編そのものではなく、なり得る要素を含んだ別作品と解釈しているが、ここでは敢えて最終章と位置付けて記載する。 

 

江川卓を打った男。水木炎 そしてついに力尽きる飛雄馬は?

 

昭和53年ペナントレースはヤクルトが優勝した。

翌54年。江川問題で世間騒然。巨人軍激動の春に一人の青年が現れる。

魔球破れ、右投手として限界を知った飛雄馬は最後に・・・

いま執念のテストが始まる。「巨人の星」完結

 

「巨人のサムライ炎」(原作・梶原一騎先生/作画・影丸譲也先生)は「新巨人の星」終了後、1979年5月20日から翌1980年8月17日まで週刊読売に連載された。時期的にはアニメ版「新巨人の星Ⅱ」放送時期と被る。

主人公は血気盛んな若者・水木炎。第1章のみ巨人の星キャラクターが登場し、第2章からは本格的に水木炎の物語となる。

第1章は最終章としても解釈可能な内容が含まれているが、あくまで主人公は水木炎であり、十分な頁を割いて「新巨人の星」完結編として描かれているわけではない。

この作品が「新巨人の星」の正式な続きとして描かれた作品か、直接の繋がりはない番外としてのキャラクター登場かは解釈の分かれるところである。

 

蜃気楼の魔球が破れ、ヤクルトの順位が浮上した時点で「新魔球の章」は完結したが、本章は既に53年シーズンは終了しヤクルトが優勝。江川問題で世間が騒然となっている状況。

その江川の投球練習に突如乱入しミートする水木炎。豪快な登場シーンである。

長島監督の命により水木炎と接触するスカウト・沢田修。その才能を調査する中で、グラウンドに一人待つ男がいた。ここで飛雄馬が登場!

サングラス姿で序盤のクールな雰囲気に回帰した印象。水木炎の可能性をテストする目的だったが、炎の球は飛雄馬に軽く打たれ、逆に飛雄馬の球を炎は打つことが出来ない。

そして3球目で投じた球は「蜃気楼の魔球」!炎は完敗し悪態をついて立ち去るが、飛雄馬は「そのまま沈んでいく男ではない」と語る。

蜃気楼の魔球が破れた後、どんな展開があってヤクルトや優勝したのだろうか?

「新魔球の章」ラストで海を見ながら第2の魔球に思いを馳せていたが、ヤクルトの勢いを巨人は止めることができなかった。花形、左門と戦えないままシーズンを終えたのだろうか?そして一徹の予言通り、速球は各球団の打者が馴れ、徐々に通じなくなり、シーズン終了後に蜃気楼の原理、攻略法も公になったことで、投手としての野球人生が終わろうとしていた時、新たな可能性を秘めた男と出会った飛雄馬。

 

その後、完敗した飛雄馬に復讐すべく特訓する炎の前に花形、左門が登場。

ここでの2人は圧倒的な実力差で炎を叩きのめすプロ中のプロとして描かれ、左門「星君にケンカを売るなど十年早い」、花形「きみごとき星飛雄馬には対象外」と極めて挑発的な言葉を発し、立ち去っている。

 

飛雄馬、花形、左門に完敗し、一から野球をやりたいと沢田に頭を下げる炎。ここで長島監督は沢田に水木炎を連れてくるよう指示を出すが、続けて回想の形で蜃気楼の魔球敗北後の飛雄馬の様子が描かれる・・・

沢田曰く「蜃気楼の魔球を花形、左門に打ち込まれて以来、パッとせぬ落ち目のエース」この台詞で魔球敗北後、そのまま浮上出来ずにいる状況が分かる。

長島監督は苦しげな表情で「星はやはり左投手だ。あれで右投手としての限界を本人も知った。悩みぬいた・・・・」と語る。

この台詞は今まで読んできた読者としては辛い台詞である。

ただ一つ。よく誤解されがちなのが「結局右投手としては通用しなかった」という説。これは明確な間違い。

長島の台詞はそうではなく「左投手時代を超えることは出来なかった」という意味である。幼き頃から鍛えられ、挫折と復活を繰り返し、大リーグボール1号~3号を生み出し破滅と引き換えに栄光を掴んだ左腕投手時代。それに比して、投手としての完成が遅かった右腕投手時代は右1号が攻略された時点で限界に達してしまった。

それが何故「そもそも右投手としては通用しなかった」という結論となり、その誤った説が現在定着しているのかについては別の場で語ることとし、本題に戻る。

 夜の多摩川グラウンドでボールを叩きつけ、涙する飛雄馬。魔球破れ、夜に一人投げ込み、走り込みと自主トレを続けるが、成果を出すことはできず苦悩する(第2の魔球は結局生み出せなかったと思われるが、本編では一切触れていない)

そこに一徹が現れ「この星一徹と飛雄馬父子の野球人生は終わった」と冷酷に言い放つ。

それに対し、「ガキの頃からあれが巨人の星だ。あの星を目指せと・・・」と激高する飛雄馬。ここでの飛雄馬は野球への未練を断ち切ることができず、非常に無様で格好悪い。影丸先生のタッチが川崎先生とは全く異なるので違和感もある。本編では見られなかった切羽詰まった表情である。

ここで一徹は「巨人の星になりおおせたではないか。しかも左右の両投手として川上時代と長島時代の二度までもエースの座に・・・本望と思え」と目に涙を浮かべながら語っている。

ついに限界を迎えた息子の野球人生に止めを刺した一徹であるが、同時にその活躍を認めたのだ。

そして「おれはもう終わりなのかあ~~っ!?うおおお~~~っ」と泣き崩れる飛雄馬に対し、一徹はそれには答えず「近いうち一杯飲もう」とだけ話し去っていく・・・。

この場面はおそらくサムライ炎の中で最も有名なシーン。辛いエピソードだが、忘れてはいけないのは、これは「回想シーン」であること。

炎を叩きのめした初登場時よりも前であり、作中リアルタイムの飛雄馬は既に葛藤を乗り越えている状態である。どんな経緯があって、あのクールな雰囲気となったのか非常に気になるところだ。

 

長島監督は選手として限界が来た飛雄馬に「来季は現役としては契約できまいが一軍のピッチングコーチとして残れ」と内示する。

正直な話、少々疑問を感じる台詞である。それは蜃気楼の魔球を開発する時期まで遡るが、再び魔球に手を染めるほど限界が来ているようには見えなかったことに起因する。ここでも終盤の急ぎ足の展開の影響が出ているのは残念。もっと徹底的に速球が打ち込まれ、新魔球が必要になる描写があれば、この展開もスムーズだったのでは。

 

長島の要請に飛雄馬は「いま、この場から二軍のコーチにして欲しい」と答える。水木炎の可能性に賭けるために。

ここは長島の台詞のみで語られるが、もしこの章が元々新巨人の星・最終章として描かれていたら重要なシーンになったと思うと惜しい。

長島は飛雄馬に水木炎のテストを一任する。「凄い執念のテストになろうが………」と。沢田から飛雄馬の話を聞いた炎はかつての傲慢さは消え、巨人軍入団テストに挑むことになる。

 

そして、本章最大の山にして、飛雄馬最後の登場回となる執念の入団テストが始まる。

「よろしくお願いします。星先輩」と頭を下げる炎に対し「まだ先輩ではないな。水木炎くん」と答える飛雄馬。

 

「この星飛雄馬を長島監督から全権を委任された名代と思って貰う!」

 

ここでの飛雄馬はやはりクール。内面描写はなくサングラス姿で表情が見えにくいこともあり、代打屋時代の雰囲気に回帰した印象。この最終エピソードの飛雄馬は非常に格好良いので必見である。

 

並の入団テストとは比較にならない過酷な内容に、沢田は星に水木が潰されると焦る。バテる炎を表情一つ変えず見つめる飛雄馬・・・かつての鬼コーチ・一徹を思わせる。

テストの最後に飛雄馬は初めて会った時のように投打で勝負すると言う。

結果はなぜか飛雄馬は空振り、炎はあっさり飛雄馬の球をミートする。

 

「江川卓に負けるなよ。水木後輩」

 

ここで初めて飛雄馬は笑顔を見せる。炎の合格を認めたのだ。

そして、ジャンパーを脱ぐ。そこには幼き飛雄馬を鍛えた「大リーグボール養成ギプス」が!

ここで「巨人の星」序盤で身に着けていた初代大リーグボール養成ギプスが出てくるとは。

物語の最後に「新巨人の星」序盤のクールな雰囲気に戻り、「巨人の星」序盤に身に着けていたギプスを装着し、自らの後継者と認めた男に後を託したのは、「巨人の星」の物語を締めくくる意味があったのではないか?と考えずにはいられない。

 

この「春雷編」は大リーグボール養成ギプスを飛雄馬から受け取り、涙ぐむ炎のカットで終了している。まるで最終回のようである。

この回までの内容が「新巨人の星」のまま、飛雄馬が主人公のままで、かつ川崎先生の画で正式に描かれていれば、堂々たる完結エピソードとなったのではないか。

実際は(当然だが)話の中心にいるのは水木炎であり、巨人の星キャラクターはゲスト出演にすぎない。この章が元々「第8章」であれば、もっとじっくり描写されただろう。しかしその描かれたエピソードがどれも非常に重要な意味があるので、引退を決意し二軍コーチを希望する場面などは台詞だけで済ませて欲しくなかったと惜しい気持ちになる。それでも最後の入団テスト回は綺麗に纏まっており、ラストで飛雄馬の爽やかな笑顔が見られたのはファンとしては嬉しいものがある。

史実に影響され、星を掴むことなく力尽きたのはリアルだ。しかし最後の最後まで足掻き続けた飛雄馬の姿は格好悪いだろうか?

少なくとも筆者はそうは思わない。

 

飛雄馬の後継者となった破天荒なサムライ・水木炎に後を託し、「巨人の星」はここに完結した。